《 東洋大学 高野龍昭教授 》
1.「骨太の方針」とは
6月16日、「骨太の方針2023」が閣議決定されました。【高野龍昭】
この「骨太の方針」は、2001年以降、自公連立政権のもとで毎年6月頃にまとめられている国の政策方針であり、正式には「経済財政運営と改革の基本方針」と言います。翌年度の予算編成の方向性を示すとともに、政権の重要政策の見通しを明らかにすることから、各界が様々な形で注目するものです。
もちろん、社会保障審議会・介護保険部会、介護給付費分科会の今後の議論にも大きな影響を及ぼす、と言っても過言ではありません。
そこで今回は、この「骨太の方針2023」から、次年度の介護保険の制度改正・報酬改定の行方について考えてみたいと思います。
2.「骨太の方針2023」の基本的方針
冒頭の「第1章 マクロ経済運営の基本的考え方」には、国の基本的な財政方針が示されています。ここには、介護保険制度に関連する直接的な記述は見当たりません。
ただし、「こども・子育て政策は最も有効な未来への投資であり、『こども未来戦略方針』に沿って政府をあげて取り組みを抜本強化し、少子化傾向を反転させる」と書かれている点は見逃せません。なぜなら、現政権の社会保障の最重要課題は(介護ではなく)少子化対策=子ども・子育て支援だ、ということを表しているからです。
この「こども未来戦略方針」は6月13日に閣議決定されています。「少子化対策のラストチャンスは2030年まで」と位置付けたうえで、これまでとは「次元の異なる少子化対策」を講じる考えを打ち出すものです。
そのための財源については、
◯ 徹底した歳出改革によって確保することが原則
◯ 全世代型社会保障を構築する観点から歳出改革の取り組みを徹底
◯ 既定予算の最大限の活用
などを謳い、これにより「実質的に追加負担を生し?させないことを目指す」としています。こうした記述は、少なくとも短期的には、国民に新たな税負担、保険料負担を求めることはない、と示していることを意味します。
ここに書かれている「徹底した歳出改革」の具体策として、次年度の介護報酬・診療報酬などの改定がターゲットの1つになることは間違いありません。大きなプラス改定は望めない、と考える方が自然でしょう。
また、“全世代型社会保障”というのは次のような考え方に基づく政策です。
「社会保障を支えるのは若い世代て?あり、高齢者は支えられる世代て?ある、という固定観念を払しょくする。全ての世代て?社会保障を支え、また社会保障は全ての世代を支える」
この政策を推進するために、高齢者分野の給付・保障を現役世代への給付・保障に付け替えていく、という側面があることは否めません。こうしてみると、「骨太の方針2023」は、来年度の介護保険の制度改正・報酬改定に対する「向かい風」が強くなることを示唆しているようです。
さらに、この第1章の最後には、「経済あっての財政であり、経済を立て直し、そして、財政健全化に向けて取り組むとの考え方のもと、財政への信認を確保していく」とも記載されています。このことは、我が国の一般会計の歳出で最も大きな割合を占める社会保障関係費に、「さほど財源を割くことはできない」と表明しているのと同義のように思えます。
3. 介護保険の制度改正・報酬改定の行方
前述のような基本的な方針を前提として、「第4章 中長期の経済財政運営」の中の「持続可能な社会保障制度の構築」では、介護保険制度に関する直接的な記述が複数あります。
◆ ICT/DX化やLIFEの利活用の推進
まず、「医療・介護サービスの提供体制については、(中略)質の高いサービスを必要に応じて受けることのできる体制を確保する観点から、医療の機能分化と連携の更なる推進、人材の確保・育成、働き方改革、医療・介護ニーズの変化やデジタル技術の著しい進展に対応した改革を早期に進める必要がある」と示されています。
このことからは、医療・介護連携やICT/DX化に関連する介護報酬(加算など)を手厚くする方向性や、それと並行して、LIFE(科学的介護情報システム)の利活用の拡大によってデータヘルス改革を推進する方向性が示されていると読み取れます。
◆ 経営実態の見える化
次に、「介護ロボット・ICT機器の導入や協働化・大規模化、保有資産の状況なども踏まえた経営状況の見える化を推進したうえで、賃上げや業務負担軽減が適切に図られるよう取り組む」という記載が目につきます。
ここからは、次の制度改正で導入されることが決まっている「介護サービス事業者の財務状況の見える化」を念頭に置きつつ、黒字幅の大きい、あるいは保有資産の多いサービス種別は介護報酬を引き下げ、経営状況の良くないサービス種別は介護報酬を引き上げる、という方針を示しているとうかがえます。
また、最近の様々な政策議論でみられる「大規模化・協働化の推奨」も記され、介護分野でスケールメリットを活かした経営を求める方向性も明確に示されています。あわせて、処遇改善加算などが職員の給与に適切に反映されているか否かを検証する施策の必要性も示されています。
◆ 利用者負担の引き上げ、混合介護など
また、「介護保険料の上昇を抑えるため、利用者負担の一定以上所得の範囲の取扱いなどについて検討を行い、年末までに結論を得る」「介護保険外サービスの利用促進に係る環境整備を図る」という記載にも目が止まります。
これは、次の制度改正をめぐりペンディングとなっている「2割負担層の範囲の拡大」について検討を進めるべきこと、実質的に議論が止まっている「混合介護」などの検討も再開すべきであること、を指摘している記載に相違ありません。
◆ 人材紹介会社への規制
一方で、「有料職業紹介事業の適正化に向けた指導監督や事例の周知を行う」との記述も盛り込まれました。
これについては、医療・介護分野の人材派遣・紹介会社に対する規制を強化することを示唆しており、適正な紹介手数料のあり方を検討したり、離職などに関する情報公開を求めたりする方向性を打ち出しています。昨今の介護事業者の課題に、政策面でも対応しようとする指摘であるように思えます。
◆ 物価高騰・賃金上昇への対応
そして最後に、次の記載に触れたいと思います。
「次期診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス等報酬の同時改定においては、物価高騰・賃金上昇、経営の状況、支え手が減少する中での人材確保の必要性、患者・利用者負担・保険料負担への影響を踏まえ、患者・利用者が必要なサービスが受けられるよう、必要な対応を行う」
これについては、昨年来の物価高騰による経営状態の悪化に配慮する必要があるということに加えて、政策課題の1つでもある賃金上昇と人材確保について、介護分野でもしっかりと取り組めるような報酬水準にすべき、というメッセージが込められているとうかがえます。
ただし、それに伴って保険料負担が高まることに関しては、被保険者(労働者と高齢者)・事業主ともに「負担は限界に達している」という指摘もあるため、そこへの影響を見極めながら慎重に検討する必要がある、ということが示されています。
4. 来年度の制度改正・報酬改定に向けて
このようにみると、今回の「骨太の方針2023」では硬軟両面の記載となっていることが分かります。厳しい財政状況と少子化対策を優先する方向性から、介護分野にとって明るい兆しはさほど多くありません。
しかし、介護施設・事業所の経営を圧迫している人材紹介会社への規制や物価高騰への配慮は明示され、賃金上昇に関する点も明示されています。ただしこの点は、経営状況の公表・透明化が条件とされている点に留意が必要でしょう。
さらに、国策とも言えるデータヘルス改革を重視する方向性も明確に示されています。介護施設・事業所はICT/DX化やLIFEの利活用について、しっかりと対応する必要があると考えられます。
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