《 淑徳大学総合福祉学部 結城康博教授 》
2024年度の介護報酬改定をめぐる議論が活発化しており、その中で国は「地域包括ケアシステムの深化・推進」という理念を1つの基軸としている。【結城康博】
しかし私は、もはやこの実現は難しく「机上の空論」に過ぎないと考える。2035年には「団塊の世代」がみな85歳を超えていく。これからが「勝負の10年」だという思いから、「地域包括ケアシステム」の抜本改革の必要性を主張したい。
◆ 理念は正しいが実現は難しい!
地域包括ケアシステムとは、敢えて分かりやすく大雑把に言うと、高齢者が住み慣れた地域で最期まで自分らしく暮らしていける医療・介護などの体制を指す。地域ごとに切れ目のない包括的な支援・サービスが整備されるよう、都道府県や市町村などがその自主性、主体性に基づき施策を展開している。例えば住まい・医療・介護・予防・生活支援などが一体的に提供される仕組みの構築を目指すもの、と私は理解している。
こうしたコンセプトは、極めて正しい。たいへん素晴らしい理念である。その目指す姿に異論を唱える者は誰もいないだろう。私も大いに賛成の立場であり、何ら異議を唱える者ではない。
◆ 最大の要因は人口減少社会の到来
しかし、いくら理念が正しくとも、それを実現できるか否かとなると話は別である。地域包括ケアシステムは「夢」であり、現行の医療・介護施策では具体化が極めて難しいと言わざるを得ない。
確かに、自治体の担当者らが創意工夫を凝らして最大限の努力をすれば実現できるかもしれない。でもそれは、全国の約1700の市町村のうちせいぜい2割程度ではないか。残り8割は「夢幻」に終わる懸念が強い。その地域で暮らす高齢者は一体どうなるのか。
その最大の要因は人口減少社会の到来である。現在の施策が抜本的に変革されない限り、介護職員、生活支援サービスの担い手の不足は解消されない。高齢者は在宅での支援を十分に受けられなくなってしまう。
既に危機的な状況に至っているのが、訪問介護のホームヘルパーの不足だ。高齢化している既存のヘルパーはこれからどんどん引退していく。このままでは後継者が見つからず、一部の地域を除いてサービスが枯渇するだろう。
また、同じくケアマネジャーや(訪問)看護職員、介護職員といった専門職も人材不足が顕在化しており、2035年にはより深刻な事態に陥るに違いない。
◆ 誰も異議を唱えない空気感、なぜ?
もし、本当に地域包括ケアシステムを実現しようとするのであれば、介護分野、高齢者福祉分野に相当な財源を配分して手厚い施策を講じなければならない。今は理念だけが虚しく掲げられている状況にある。その具体化に必要な財源、マンパワーの確保は見通せず、制度・施策の変革も手付かずのままだ。3年に1度のサイクルで小手先の法改正、介護報酬改定が実施されるに過ぎない。
もう抜本的な改革は困難だということであれば、地域包括ケアシステムの看板を降ろす、またはその位置付けを変えるなどの検討もしたらどうか。確保できる限られた財源、マンパワーの範囲内で、理想とはいかないまでも実現可能な新たなポリシーを練り直すべきだ。
読者のみなさん、このまま制度・施策の抜本的な改革がなされないまま、地域包括ケアシステムという夢のような理念に突き進んで本当に大丈夫なのだろうか。
最も重要なことは、1人でも多くの高齢者の尊厳を守っていくことではないか。これから2035年までの「勝負の10年」を前に、ここでいったん冷静に考えてみる必要があるのではないか。こうしたことを誰も言わずに黙っているので、今回、私が先陣をきって思いきって言ってみた。
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