《 東洋大学 高野龍昭教授 》
1. 介護報酬改定の議論
社会保障審議会・介護給付費分科会では、年末の「意見」の取りまとめに向けて、来年度の介護報酬改定に向けた議論が激しさを増しています。【Joint編集部】
10月11日の分科会では、各サービスの改定に共通する「基本的な視点(案)」が示されました。それは、
(1)地域包括ケアシステムの深化・推進
(2)自立支援・重度化防止に向けた対応
(3)良質な介護サービスの確保に向けた働きやすい職場づくり
(4)制度の安定性・持続可能性の確保
の4点であり、概ねこれまで俎上に載せられてきたものと変わりはありません。
注:(3)良質な介護サービスの確保に向けた働きやすい職場づくりは、これまで「介護人材の確保・介護現場の革新」として、生産性向上などの取り組みの検討項目として示されていたものです。
2. 自立支援・重度化防止に関する介護報酬の行方
この中で、私が最も注目している項目は、(2)自立支援・重度化防止に向けた対応です。
これは、提供される介護サービスが要介護状態などの軽減、または悪化の防止に資するものか否かによって報酬を傾斜配分することを検討するもの、と言ってよいでしょう。更には、それに際してLIFE(科学的介護情報システム)をしっかりと活用し、利用者の自立支援・重度化防止を図ることを求めるものと言えます。これは、データヘルス改革という医療・介護分野共通の重要政策とも直結する項目です。
具体的に言えば、現行の介護報酬の「ADL維持等加算」や「褥瘡マネジメント加算」、「排せつ支援加算」などで問われている、
「サービスを提供した結果、利用者がどれだけ良い影響を受けたか」「利用者の心身機能の維持・改善をいかにもたらしたか」
という「データに基づくアウトカム評価」を、更に拡大しようとする項目と言ってよいでしょう。
しかし、こうした自立支援・重度化防止に向けた対応について、既にその取り組みを進めている事業所・施設にとっては、「心身機能の改善による介護報酬の加算より、要介護度の改善による基本報酬の減額幅の方が大きく、取り組めば取り組むほど収支が悪化する」という意見(悩み)があるようです。
一方で、その取り組みをネガティブにとらえている事業所・施設にとっては、「介護保険の利用者は『老いゆく存在』なので、心身機能の維持・改善をもたらすことが難しい」「そうした取り組みは高齢者の尊厳を損なうため、行うべきでない」という意見(批判)も根強いようです。
3. アウトカム評価に関する介護報酬のあり方と東京都の独自事業
前者の意見については、アウトカム評価に関する介護報酬の「重みづけ」の拡大に期待するほかありません。分科会での議論を見守ることが必要でしょう。
そのようななか、東京都では、利用者の要介護度の維持・改善に資する取り組みを行った事業所・施設に対して「報奨金」を支給し、自立支援・重度化防止の取り組みを後押しする独自事業が新たに始まります。
この事業の対象は、通所介護・特定施設入居者生活介護・介護老人福祉施設(それぞれの地域密着型サービスと認知症対応型通所介護を含む)のうち、「ADL維持等加算(I)(II)」を基準日(2023年4月1日)時点で算定している事業所・施設です。
報奨金については、その事業所・施設に対して、まず一律に基礎分として20万円が支給されます。そのうえで、加算判定基準日(2024年1月1日)時点の利用者のうち、基準日以降に要介護認定の更新・区分変更を行った利用者を判定対象として、その全員の認定結果の変化を所定の計算方法に基づいて判定した結果、【維持】と判断された場合は10万円が、【改善】と判断された場合は20万円が加算分として支給されます。
この事業は、自立支援・重度化防止の取り組みを推進するだけでなく、それに伴う事業所・施設の減収を自治体として補おうとする事業であり、注目に値します。申請にあたり事業所・施設の負担もさほど大きくないという特徴もあります。
※ 報奨金の支給には申請(11月開始予定)が必要ですので、都内で該当する事業所・施設は東京都福祉局高齢者施策推進部介護保険課に確認して下さい。
同様の事業は基礎自治体レベルで先行例も複数ありますが、首都・東京都で実施される事業ということと、財源規模(非公表ですが、都内の事業所・施設数から考えると相当額と推測できます)の大きさから、大変インパクトのある事業だと言えるでしょう。なによりも、分科会での介護報酬改定の議論に直接・間接の影響を及ぼす実例となるはずです。
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