《 淑徳大学総合福祉学部 結城康博教授 》
来年度の介護報酬改定をめぐり、厚生労働省が各サービスの新たな基本報酬を公表した。正直、自分の目を疑った! 訪問介護(ホームヘルパー)の基本報酬が引き下げられているのだ。【結城康博】
これでは一部の地域を除き、地域包括ケアシステム、在宅介護は机上の空論となる道を突き進むだろう。なぜ今、訪問系サービスの基本報酬だけが引き下げとなるのか。全く理解できない!
* 来年度の介護報酬改定で基本報酬が引き下げられるサービスは、訪問介護、夜間対応型訪問介護、定期巡回・随時対応サービス、訪問リハ(予防のみ)の4つ。
◆ 国は在宅介護を諦めた?
今回は全体のプラス改定が決まっていたため、どのサービスでも幾ばくかの基本報酬の引き上げが期待されていた。最低でも現状維持は固く、まして引き下げは多くの人にとって想定外だったに違いない。
当然、直近の「経営実態調査」の結果で施設系の厳しさが明らかになっていたため、特養や老健などの基本報酬の大幅な引き上げは予想できた。しかし、まさか訪問介護が引き下げになるとは…。その下げ幅も以下の通りかなり大きい。
団塊の世代の要介護者が増えていく今後は、地域包括ケアシステムの深化が欠かせない。厚労省もそう言っているのだから、在宅介護の主力の訪問介護を拡充すべきではないだろうか。
今回の基本報酬の大幅な引き下げによって、新規参入の事業者は少なくなるに違いない。国は在宅介護の推進を諦めた ? 。世間でそう思われても仕方がない。
◆ 経営基盤の強化も不可欠
そもそも訪問介護は人件費の比率が高い。先の「経営実態調査」の結果で、施設系サービスと比べても明らかである(*)。このため厚労省は訪問介護について、処遇改善加算を拡充すればヘルパーの賃上げが実現できる、基本報酬を引き下げても事業所の努力で対応していける、と考えたのだろう。
* 経営実態調査の収入に対する給与費の割合=訪問介護は72.2%、通所介護は63.8%、特養は65.2%、老健は64.2%
確かに、新たな処遇改善加算の最も高い区分(加算率24.5%)を取得すれば、相応の賃上げが実現できるかもしれない。
しかし、この区分はクリアすべき要件が多い。実際に取得できるのは限られた事業所にとどまるだろう。ヘルパーの人手不足や高齢化が進むなか、中心になって現場を支えているサ責などの忙しさは増しており、生産性向上などにしっかり取り組む余力のあるところは少ない。
そもそも、介護職員の処遇改善とは、単純に賃金を上げればよいということではない。良質な職場環境、研修環境などは、安定した事業運営があってこそ保障されるものだ。
事業所の経営基盤が強化されなければ、処遇改善は必ず不十分な内容にとどまってしまう。今の深刻な人手不足は解消へ向かわない。ライバルの他産業、例えば小売業や飲食業、宿泊業などの職場環境、研修環境をみると、訪問介護事業所より優れているところがほとんどだ。
しかも昨今、急激な物価高騰などで事業所の経営基盤は更に揺らいでいる。基本報酬の引き下げで収入が減れば、閉鎖・撤退する事業所が一段と増えてしまうだろう。
賃金を引き上げることも重要だが、事業所の体力、ヘルパーの働く環境を強化することも不可欠だ。そのことを、厚労省は本当に考慮したのだろうか? 必要なサービスを十分に受けられない高齢者が増えていることを、本当に考慮したのだろうか?
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